四 国 名 山 を 登 る
〜剣山(1955m)、石鎚山(1982m)〜

平成20年8月25日
福間 三郎

 松高8期生ハイキング・クラブの今年最大のエヴェントとして8月11日〜15日にかけて日本の100名山に数えられている四国の2名山に挑戦した。幸い天気に恵まれ、目的を果たすことが出来、最後に道後温泉で疲れを癒した。メンバーは木下勲、佐藤富信、福間三郎、登山仲間の山本圭吾の4名。以下に様子を伝えたい。

登山概略図

<8月11日(月)>
 8時49分発のぞみ号で新横浜発→岡山→阿波池田→JR徳島線貞光駅14時到着。先に広島から車で到着していた佐藤富信君と合流。気温36度、目が眩むような暑さだ。挨拶もそこそこに車に飛び込み、佐藤君の運転で四国山脈のど真ん中、剣山の登山口がある見の越地点に向かう。17時、宿「霧ノ峰(1400m)」に到着。気温20度。お盆とオリンピックが重なったためか、登山客が少なく、宿泊は我々のみ。お風呂を独占して、早速、軽めの結団式を行って明日からの登山に備える。

宿舎「霧ノ峰」

先ずは結団式

<8月12日(火)> 剣山に登る

標高1400m地点から望む剣山(つるぎさん−1955m)

 天気は快晴。今日は西日本第二峰剣山1955mに挑戦だ。平家一門にかかわりのある山だそうだ。安徳天皇の剣が祭られているとか。宿から5分の見の越駅、標高1420mからリフトに乗る。斜面の濃緑の山肌を見ながら、着いたところは、標高1750mの西島駅。

リフト・高度を増すごとに植生が変わる

標高1800m地点

 佐藤リーダーの掛け声でストレッチ体操をして、8時30分、まず剣山と尾根伝いに隣接している弟分の次郎笈1929m目指して出発する。途中、大剱神社に参拝し登山の安全を祈る。神社の後背には、ご神体の「お塔岩」と名づけられた切り立った塔のような岩が聳える。神社を90m下ると、御神水(おしきみず)なる湧き水があり、水を飲み一服する。ここらあたりから、剣山特有のいろいろな花が出始め目を楽しませてくれる。

次郎笈(じろうきゅうー1929m)

先ずは安全祈願

ご神体のお塔岩

環境省選定の名水百選

剣山と次郎笈の分岐点で一休み

 剣山の中腹を4分1周して、次郎笈への分岐に入る。ここからは、上りの尾根道だ。さえぎるものがないうえ、陽射しも強い、風もある。右遥か前方には名山との誉れも高い三嶺(みうね)1893mが綺麗な姿を見せる。そして時々雲に隠れる。10時15分、次郎笈山頂に到着。

名山の誉れ高い三嶺(1893m)

次郎笈(1929m)の頂上で

 振り返ると、剣山が見える。小休止後、来た道をさっきの分岐まで下り、いよいよ剣山を登る。頂上付近は低木と、ミヤマクマザサに覆われ、緑陰が無いため、直射日光の直撃を受けて結構きつい。11時35分頂上に着く。頂上は高山植物の保護の目的で、全て木道が敷かれており、歩き易い。三嶺の右、遥か奥に見える山を明後日登る石鎚山だろうと決め、じっくり目に焼き付ける。南は太平洋、土佐湾が望め、時には北に鳥取県の伯耆大山も見えるという。


ミヤマクマザサに覆われた剣山の頂上付近

剣山(1995m)の頂上で

 360度に広がる大眺望を眺めながら昼食を楽しんだ後、作家宮尾登美子氏の「天涯の花」で紹介され一躍有名になった天然記念物キレンゲショウマ群生地を目指して下る。この群生地は、修験者が行を行う狭い傾斜の山道(行場と言われる)に面しており、ハイカーの混雑規制のため一方通行になっていた。その一方通行の道は、ロの字になっており、当然であるが出口付近が主たる群生地であった。狭い山道は行場だけあって起伏に富んだ険しい道で、当初10分くらいと思ったのが、1時間もかかって、キレンゲショウマの見ごろに遭遇できた。聞きしに勝った優雅な花様に接することが出来た喜びで、疲れは吹っ飛んだ。

天然記念物 キレンゲショウマ(ひっそりと優雅に)

キレンゲショウマの説明板

 下りのリフトは、四国山脈を眼下に見ながらで、怖さを忘れさせてくれた。宿には、予定の4時に無事帰着。感謝、感謝、山の神に感謝!

<8月13日(水)> 移動地点の観光スポットを楽しむ
 今日はは剣山から石鎚山目がけての車での移動、途中、徳島県西租谷にある「かずら橋」と高知県大豊村の「杉の大杉」の観光スポットを見学した。

◆かずら橋
 平家伝説の里・徳島県西租谷(いや)地方に架かるかずら橋は、野生のシラクチカズラを使って編んだ吊橋で、日本三奇橋の一つ。水面からの高さ14m、長さ45m、幅2m。
 平家の落人が源氏が追ってきたとき、かずらを切って防ぐために租谷川の渓谷に架けられたものであると云われている。
 国の重要有形民俗文化財に指定され、3年に1度掛け替えられる。足を踏み出すとギシギシと揺れ、スリル満点。川の右岸からの一方通行で、帰りは下流の永久橋[えいきゅうばし]を渡る。


かずら橋(日本三奇橋の一つ)

◆大杉(高知県大豊村町)
 この「大杉」は、その大きさにおいて日本一を誇り、一大観光名所になっている。幹で合体した夫婦杉で樹齢3000年、幹周り20m、高さ60m、(因みに、屋久島の縄文杉はは高さ25m、幹周り16.3m、樹齢2180〜7200年)。これは余談になるが、昭和22年美空和枝(9歳)が地方巡業中、この地で乗っていたバスの事故に遭遇し九死に一生をえ、ここで1ヵ月半療養した。そのとき、この「大杉」に日本一の歌手になれるよう願をかけた。帰京後、美空ひばりに改名して、日本一のスターになったことがこの「大杉」の観光化に拍車をかけた。。美空ひばりゆかりの地として、「大杉」のすぐ隣りに歌碑が建てられていた。ボタンを押すと「悲しき口笛」、「竜馬残影」、「川の流れのように」の三曲が流れる。


高知県大豊村の日本一の「大杉」

 3時間の山中ドライブの後、17時、石鎚山の宿舎「国民宿舎」(1490m地点)に到着。明日の登山に備えて早めに就寝。

<8月14日(金)> 石鎚山に登る
 快晴。西日本の最高峰・石鎚山1982mに挑戦だ。石鎚山は、弥山(みせんー1974m)と最高峰の天狗岳(1982m)からなる。弥山から天狗岳までは、道は狭く急峻ゆえ、我々はまず弥山を目指すことにした。
 7時50分、標高1492mの宿を出発。宿の裏から入り、すぐ登山道に合流して、緩やかな道を、ゆっくり進む。徐々に高度をあげる。弥山山頂まで3箇所の鎖場があり、下から「一の鎖」(33m)、「二の鎖」(65m)、最後は「三の鎖」(67m)と続くが迂回路もある。「二の鎖」には9時45分到着。ここで西条市からの石鎚山にいたる別ルートと合流、弥山山頂を目指す。なかなかいいペースだ。途中の展望台から、わずかだが天狗岳を望むことができた

石鎚山への標識

登り始めは穏やかな勾配

途中の眺望は山また山

「二の鎖」地点


ガスに霞む最高峰天狗岳(1982m)

 二、三の鎖場は回避して巻き道を行く、これは予定のこと。10時45分、弥山に到着。ここで、石鎚山登頂ということにして、大休止をとる。弥山の頂上は山頂神社があり、大勢の人が休み賑やかだった。

石鎚山(弥生ー1974m)にて

 すぐ前には急峻な岩山・天狗岳、その右下は面河渓谷からの尾根が延び、西条からの尾根にぶつかるのがよく見える。左下は、宿までの道・石鎚スカイラインよくが判る。その奥には、大きな瓶ガ森(かめがもり)1896mが座っている。
 11時下山開始、途中花の写真を撮りながら、20分の昼食を摂って、13時30分無事に宿に着いた。予定より1時間早い。前半ゆっくり入り最後にスパートした結果だ。
 これで、念願であった四国の霊峰二つを登ることができた。天候も味方したが、佐藤富信君の先導があってのことだった。ここで感謝の意を表したい。

 14時、今夜の宿舎道後温泉に向かい、かの地で思う存分疲労を癒し、翌15日(土)の午前中は松山城を見学し、正午、松山市を後にした。