「 いと早きーーーー 」

                     周 藤 憲 正 (H27/6/8)


 「いと早き月日なりけり、いと早く年は暮れけり、われ老いにけり」 良寛和尚の歌だが、正に、この歌のとうり、月日の経つのは早い。
 特に、還暦を過ぎてからの17年間は、瞬く間に経って喜寿を迎えたように思う。   
 私事で恐縮だが、去る5月3日には、孫達も一緒に、家族全員が集まり、恥ずかしながら紫の帽子とちゃんちゃんこを着せられ、食事会で祝ってくれた。久しぶりに全員が集まり、長寿亦良しと思った次第。
 非常勤の期間を含め67歳で職を離れるまでの43年間、然したる大病もせず今日を迎える事が出来たのは、頑健な身体を与えて呉れた両親と、健康な日々を送らせて呉れた家族を初め、周囲の人々のお陰だと感謝している。
 子供の頃、喜寿を迎えた人と言えば、物凄く高齢の人と思ったものだが、いざ、我が身になってみると、まだまだ色々やりたい事が有り、しかも、何とかやれそうな気がする。だが、3年前まで、キャンピングカーで北海道3周、四国1周、伊勢志摩・熊野、松江行、等等の旅を絶えず一緒にした愛犬(ラブラドール)が13歳5か月(人間の80歳超)で、去る5月27日突然亡くなった。彼女の為なら老老介護も辞さずの覚悟でいたので大変悲しく、ショックが余りにも大きい。この様な不意の出来事に接し、認めたくはないが自分自身の諸々の衰えにも否応なく気付かされる。
 「伊勢物語」で在原業平が、「さくら花散り交ひ曇れ老いらくの 来むといふなる道まがふがに」(桜花よ、散り乱れてあたりを曇らせよ、老いらくがやって来るという道が、わからなくなるくらいに)と歌っている様に、時代を問わず、誰も老い衰える事は望まない。しかし、誰も絶対に避ける事はできないのだ。
 少々大袈裟かも知れないが、我々喜寿世代も,日本の財政収支が非常に厳しい折柄、例え個々の力は極々微々たるものとは言え、若い人達にかける負担を出来る限り少なくする為に、心身の健康を維持し続ける事が非常に重要だと思う。斯く言う私は何時まで出来るか、また効果の程も判らないが、古典を読んだり、今更ながら英語のテープを聴いたり、2年前に急逝した弟の為にと習い始めた仏像彫刻等のボケ防止対策、体力維持の為の月1〜2回のゴルフ、週5日のフィジカルトレーニングを続けていきたいと考えている。
 ただ一つだけ、今まで頑なに断って来た、電車内での若い人からの席譲りの好意は、有り難く受けさせて貰おうか等と思っている此の頃ではある。

   次は斉藤典士君にお願いします。