けとばし山のおてんば画家「大道 あや」 
生誕100年記念展 松濤美術館を見て

 8月上旬、ある日、仕事で人に会う予定が「急に夏風邪で〜」と言う連絡が入り、新宿で4時間ほど時間が空いてしまった。
 暑い盛りなので、動きたくない気持ちもあったが、私はすぐに松涛美術館の大道あや展を思い出した。この展覧会は、新聞の紹介記事を見て必ず行こう、と決めていた。
 私は時々、孫にプレゼントしたい絵本を選びたいため、新聞の書評欄を見ているが、たまたま、その日、展覧会の紹介記事で、大道あやさんが、児童図書、絵本の絵を描いておられた大家、とあり興味がそそられどんな方とも知らぬまま、行くつもりにはなっていたのである。
 所在地も知らず、地図も持たず、JR渋谷駅から歩いてゆるい坂道を登りながら、人に聞いたりして住宅街の静かなたたずまいの建物にたどり着いた。吹き出る汗をぬぐいながら館内に入ると、そこは別天地である。
 涼しいし、人が殆どいない、3人位か。静かでひっそりと、ゆったりとした空気が漂う空間。しかし、入り口右側の作品(番号4「天気予報の猫」)からいっぺんに、「絵本の画家」のイメージは消し飛んでしまった。ずらりと並ぶ大胆な図柄、色調、大作にもろ圧倒される。
 上手な絵とは言えないかもしれない、もっと器用に描ける画家は幾らかいるだろう。が、色彩の鮮やかな輝き、画面から漂う詩情、ユーモア、力強さ、非情さ、何よりも見ていて楽しく、弾んでくるような心地よさ。
 言葉には表せない、気持ちの揺さぶり、感動、湧き上がる懐かしさ などなどを味わったのである。
 番号4の暗い背景に咲く花々のうち芙蓉の白さにも惹かれた。
 「瀬戸内」の画面には 海中のいろいろな魚、生き物が色鮮やかに表情豊かに描かれている。こんなに澄んだ生き物の多い海には誰だって潜りたくなる。
 第二会場は 絵本の原画が右側面に並んでいて思わず微笑みがでてくる。讃岐地方の昔ばなしをモチーフに「あたごの浦」シリーズ、16枚が並んでいる。 お祭りの相談であろうか 砂浜に集まった魚たちの話し合い。蛸、鯛の表情がなんとも言えない。目も動いているようでもあるし、私たちを見つめているようでもある。
 この「あたごの浦」の松の木、葉の緑、背景の金箔 確かに絵本の原画としてはもとより、日本画としても、純粋に相当に立派なものと思う。
 彼女が広島から転居して住んだ小さな山、名づけて「けとばし山」で、ともに暮らす犬、鶏、猫、アヒルなどの動物たち、草木、花々が画面いっぱいに生き生きと描かれている。中にはピョートルなど偉そうな名前のしゃももいる。寝てばかりの猫の図もある。
 130点余の作品を1時間半かけて見て外に出たが、ほのぼのとして、懐かしいような良い人に会えたような、少し切ないけど、なんだか嬉しい、複雑な気持ちで一杯だった。
 小学校時代、宍道湖湖畔で育ちいつも湖に入って海老、小魚を取って遊んだことから自然が豊富に描かれている、この作家の絵に郷愁を強く感じているのだろうか。
 自分たちの便利さを追求して人間以外の生き物の生命、環境などに気を配らないでたどり着いた地球の現状などと対比して、やましさを感じ、昔を懐かしんでいるのだろうか。
 広島での家業、花火工場での、二度の大爆発で夫を亡くし、長男を重病にし、生きる気力を失った挙句、60歳から描き始めて立ち直られた境遇、根性に拍手を贈る気分なのか。
 いや、そんな理屈は小さい、もっと他のなにかが胸に響いているのである。いづれにしても、このようなほのぼのとした、嬉しい気分は初めてであった。
 また、もう一度来よう、と思っていて、そして5日後、また行って前回よりもっとゆっくりと楽しんだ。前回気づかなかったことが、幾つも感じられた。
 彼女の年譜もじっくりと読んだ。悲しい事件が続いて気の毒だったけど、見て良かった。彼女の経歴が分って絵を見ると感じ方にも、一段と深みが出るみたいだった。  
 つらい過去を一つも感じさせない楽しい絵だけど、ただ甘いだけの絵ではなくてある部分では凄みも描かれているのでは、と思う。
 今は広島に居られる大道さんは 来年4月に100歳になられるとの事。こんな目出度い機会に、本格的回顧展が見られたのは 有り難い事でした。都の美術館でこんな良い企画もあるなんて素晴らしい、大いに見直しました。
 「絵は心の栄養」とか。この夏、私の収穫でした、そしてこれは、お勧めですよ。

藤江 敦美 
(2008/09/06) 

(参考)
   渋谷区松濤美術館
   大道 あや 展  9月21日(日)まで
   http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/museum/index.html

(交通) 
   渋谷駅下車 徒歩15分
   京王井の頭線 神泉駅下車 徒歩5分
          
   ◎ 年齢証明できるものを持参すれば、無料になります。