平成3年3月                              福間三郎  親父の13回忌法要のため3月2日から3泊4日で帰省した。在職中は 慶弔時の折、帰省することはあったが、殆どその日のうちの飛行機便で帰 京するのが常であった。そうゆう意味合いにおいて今回の帰省は45年ぶ りといっても過言ではない。  夕方伯備線廻りで松江駅に着いた。胸にグット込み上げてくるものを感 じつつ大橋近くのホテルにゆっくり歩を進めた。駅前の広場はすっかり整 備され、周囲の建物も鉄筋建てに変わり、道路も拡幅されて都会風に変貌 していた。  ホテルにチェックインして6階の部屋の窓から夕暮れの宍道湖を眺めた。 宍道湖大橋越しに浮かぶ嫁ガ島の風情は昔のままで美しかった。
嫁ガ島
 明くる日早朝、灘町沿いの湖畔を歩いた。子供の頃、家のすぐ裏が湖で あったので、早起きして湖に浸りタモで海老をすくい弁当のおかずにして もらった。学校から帰ると付近を流れていた小川で鮒釣りやトンボとりに 夢中になった。しかし、その湖岸も遊歩道に整備され、小川は埋め立てら れて公園になっている。湖岸側から松江城を眺めた。当時は松江のシンボ ルとしてどの角度から見えたそのお城も今では高層建物に隠れて、上部が わずかにうかがえるだけである。
灘町湖畔から松江北側を望む
 踵を返して宍道湖大橋沿いに松江城に向った。よく手入れが届いた植え 込みに囲まれた天守閣が当時の姿そのままに僕を迎えてくれた。華麗さと は無縁の素朴美に満ちたお城にしばしみとれた。
松江城
 小泉八雲記念館回りの武家屋敷街に歩みを進めたら、近くから威勢のい い若者達の声が聞こえて来た。野球練習の掛け声だ。選抜野球に選ばれた 我が母校松江北高校が近くに移転した校庭で練習をしているようだ。早速、 見物に行った。おはようございますとゆう挨拶で迎えられた。礼儀正しい 若者たちだ。健闘を祈ることにしよう。
松江北高グランド
 勤務していた電力会社で原子力発電所の開発に関わった。21年前のこ とである。場所は本州最北端の青森県下北半島大間町。2.5年間単身赴 任し、地元対策で苦労した。それだけに原子力問題には今でも大きな関心 を寄せている。島根県には松江市のすぐ隣の鹿島町に中国電力の島根原発 があり、地元の協力を得て順調に運転されている。いつか機会をとらえて 見学したいと思っていた。中学の同窓生に元中国電力社員がおり、今回同 氏の好意により発電所を見学する幸運に恵まれた。発電所は鹿島町の北部 に位置し、日本海に面したリアス式海岸の敷地に緑に囲まれた実に美しい 発電所である。3号機(137万キロワット)の増設が計画どおり進むこ とを願いたい。
島根原発
 今回の帰省で一番の収穫は45年ぶりに松江在住の同窓生に再会できた ことである。日野和久・昌子夫妻、引野善夫君、高橋貞夫君と大橋川沿い の居酒屋でミニ同窓会を開いて歓迎してくれた。45年間のブランクが一 気に解けて、最後はカラオケまで発展した。今後ともよろしくお付き合い 願いたい。
ミニ同窓会
 愛してやまない松江市は国際観光都市として変身中である。海野佳子さ んが味わった郷愁を僕も求める一人である。だがそれは無いものねだりか もしれない。松江市も時代に即応して生きていかねばならぬのだから。



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