演目   組長はつらいよ

          作 福田 春岳 

お久しぶりですねえ お元気ですか?とにかく今年の夏の猛暑と残暑 参りましたねえ、めまい3回、脱水症状は5〜6回、落語どころではありませんでした。でも、廻り廻って秋です。初秋仲秋晩秋、紅葉、落ち葉、"灯火親しむの候"、"秋深し隣は何をする人ぞ"、"名月を獲ってくれよと泣く子かな" とにかく秋はもの悲しい。いやいや読書の秋だ、芸術の秋だ、実りの秋だ、酒がうまい。まあまあ、好き勝手に充実した日々をお過ごしください。

私は遊びがてら、カメラぶらさげて東奔西走していますが、もちろん、落語のネタ探しも兼ねています。まあ、"灯台下暗し"とでも言いましょうか、意外な処にネタが落ちているようですねえ。

今、私は地域自治会の組長を仰せつかって、ご近所から組長さんと呼ばれています。なんだか、どっかの広域指定暴力団の親分みたいで困っていますが、いやいや、わずか20世帯なんですが、どうにもならない細かい難問がありますねえ。私と同様のいわゆる東京からの"流れ者"と先祖代々の土着者との生活感の相違、土着者同士の昔からのいざこざから生じた怨念や神経戦、例えば あの以前作家の今東光が大阪の河内地方のどうにもならない庶民戦争を雑誌オール読物などで風刺とユーモアーを交えて巧みに記述してブームを巻き起こしましたが、あれに良く似たものです。

落語のネタになる話は結構ありますが21世紀の今時 とにかく"個人情報"、 "プライバシー"とうるさいのなんの。その中から、"C"クラスの情報を基に"A"クラスの落語に仕立てようというわけですので、これまたどうにもならない厄介なことです。

毎月初めに割り当てられた回報の配布と各種のお知らせを、回覧板に添付して順次回覧を依頼するわけですが、スピーデーな回覧を求めてAグループ、Bグループに分けております。
ところが、ある日の事、Bグルーの第1軒目の小沢さん宅の奥さんが やって来て

「組長さん、何で私の家はBグループなのよ。うちの近所は昭和の初めから住んでいて、以前からA組とかA班とか言われているんですよ。新しい回覧版でBグループなんて言うのは止めてくださいよ」

「はあ〜ん?」 なんだい これは。 「ああ、お気持ちはわかりました、考えておきますよ」

まあ、万事がこの調子でして、これはこの後続く厄介事の予告編みたいなものです。

それから2〜3日して
「組長さん、先日は勝手なこと言って、ごめんね、どうしたの?」

「ああ、来月から奥さんの希望通りA班でいきましょう」

「まあ、良かったわ。気にしてたのよ。あのさあ、これうちのトマト。容はよくないけど、農薬使ってないからさあ食べてくれる? トマトきらいじゃあないでしょ?」

「ああ、頂きますよ。生産者がわかっているから、安心ですよ」

「よかったわ。それからさあ、ちょっと言いにくいけど、お願いがあるのよ」

A班復活を確認して次の依頼事項をトマトで買収か。このおばさん要注意だなあ。

「なんですか? 組長なんてなにも許認可権限ないんですよ」

「そんな難しい事じゃないのよ。あのさあ、組長さんみたいに東京から来た人には関係ないんだけどさあ、うちの隣の中沢さんとは昭和の初めから、地境と水路のことでうまくいかないのよ。回覧板の回覧順序を変更して欲しいのよ。 うちがあの家のポストに投函できないのよ。だって 中沢さんの玄関先はうちの土地と入りくんでいるんですもん」

なんと、古臭い因縁がよくも平成23年まで続いているもんだなあ。たしか 小沢さんのご主人は、どっかの高校の歴史の先生だと聞いたが、隣家との古いいざこざの歴史ぐらい早く解決してもらいたいなあ。回覧板の回覧順序は、この奥さんの前の大沢さんのご好意でなんとかなりましたが、今度はその見返りに大沢さんからの注文です。

「組長さん、小沢さん宅の敷地から前の公道の上に伸びている木の枝なんとかなりませんかねえ。雨が降ると鬱陶しいし、夜は街灯の明かりが地面までに届かないし、新緑の頃は毛虫が落ちるし、役所に依頼しなくとも、小沢さんが自発的に伐採すべきものですよ。全然無関心ですよねえ。ここは一つ組長さんの出番ですよ。宜しく願いますよ」

参ったなあ。組長の出番だって、さあ困った。そうだ 今回のA班復活、回覧版の回覧順序逆回りで、小沢さんには"貸し"が出来たから、思い切って依頼してみよう。

「奥さん、こんにちは。ご主人いらっしゃいますか?」

「あら、組長さん。うちの亭主に何の用?」

なんだか ガードが硬いなあ。おそるおそる用件を切り出すと、奥さんの顔が次第に引きつるのがわかる。でも、我々新入流れ者全世帯の共通の要望だ。なんとかして欲しい。

「ちょっと、待って。パパに聞いてくるからさあ」

なんだい、なにがパパだ。と間も無く、部屋の奥からかん高い声。

「そんな話 打っ棄ておけ。流れ者のたわごとだあ。ローマに入っては、ローマに従えだあ」

「はあん?」どうにも、ならないなあ。 するっていと、俺は21世紀のローマ帝国の組長か?

           お後がよろしいようで お粗末様でした

                    (2011・11・03)