演目  出雲の神様
                                            作 福田 春岳

ようこそ いらっしゃいませ。今年もあっという間に夏が過ぎて秋となりました。春夏秋冬の順番はどんな偉い人でも変えようはありません。
寒さ対策を充分やって頂きたいと申しあげておきます

先日、某大学病院で人間ドッグ診察を受け今日は結果発表です。
覚悟を決めて家を出ると、ちょうど近所の某国立大学の名誉教授で、いまは悠々自適の生活をしておいでの先生に出くわしました。
この先生は古代建築様式の研究では大変有名な方で、出雲大社、熊野大社、神魂神社、八重垣神社、美保神社、佐太神社などについては造詣深く 先般の奈良唐招堤寺の金堂の修復にも参加された方です

「やあ、福田さん今日は。 まだ勤めてんの?」

「あら、先生しばらくぶりですねえ。お元気ですか?今日はですねえ、これから人間ドックの検査発表で、びくびくしているんですよ」

「大丈夫だよ、元気そうじゃないですか。 福田さんの身体の中には出雲の神様が宿っておられるから、長生きするよ」

「はあ?」
私は先生の言葉に一瞬びっくり。あっけにとられました。 返す言葉もみあたらず、ひと呼吸置いて,

「やあ おそれいりますねえ。先生にそう言われると、なんか嬉しいような、恥ずかしいような、気持ちになりますねえ。まあ覚悟をきめて行ってきます。失礼します」

駅前から病院行きのバスに乗る。ふと吟味する 先生のあの一言。言葉短くして含蓄あるなあ、ああいうお世辞をもらうと。

もちろん 私が出雲人だと知っててふとおっしゃったに違いないが、偉い人はやっぱり、どこか違うなあ。

バスを降りて病院の正門から入る。外とは別世界の様子です。
一階の廊下には長いベンチがおいてあり、内科の外来患者の待合所となっていて、早朝よりごったがえしています。看護婦さん、お医者さんが忙しそうに早足で歩き回る。一方入院患者とおぼしきユニフォームを着用した顔色のよくない中高年のみなさんは、対照的にゆっくり歩いています。

私は約束の時間に、健康管理センターの受付に面談予約票を提示する。
看護婦さんのいとも事務的な応対で、待合室の椅子に腰掛ける。
ああ いやだねえ でも退職後といえども一年に一回は身体を検査してもらわないと、どっか自覚症状がでてからは手遅れになるからなあ。
ああ、いやだいやだねえ。自分の順番が来るまでがなんと長く感じることか。あれこれ自問自答してしばらく経つ。

「福田さあん」 場違いと思える看護婦さんの黄色い声。

「はい」 覚悟を決めて、面談室に入る。

六畳ぐらいの大きさの面談室。いかにも内科の医者といった感じのインテリ風な先生。黒縁のメガネで医者特有の白い上っ張りを着用。
机の前にはノート型パソコンが一台、その上には私の身体の各部を写した写真が多数ピンで止めて並べてある。特に胃の写真は、なんてグロテスクなんだろう。更に脳の輪切りの写真なんて見るのも嫌な感じです。
なんだか30年位前 某営業店時代 苦いおもいをした国税庁査察官との個別面談の雰囲気に似ているようだ。
    
「念のため生年月日とお名前をどうぞ」

この先生毎年お世話になってて私を知っているはずなんだがなあとは思ったけど、ひと通りの返答をする。

「いやあ 私たちも本人確認がうるさくてね。 形式的なんですが勘弁してくださいね」

やっぱり先生は私を覚えていてくれてるんだなあ なにか ホットした気分にもどる。と 次の瞬間

「福田さんは、現役の頃はあんまり一生懸命働かなかったんじゃないですか?」

「はあ? んなんですか?」 しょっぱなから核心を突いた問診だ。

今日二回目。またしても、私は先生の言葉にびっくり。あっけにとられて、 返す言葉もみあたらず、ひと呼吸置いて、

「いやあ 参りました。なんですかあ、先生?」

「いやあ 失礼失礼、 ごめんごめん。 この部屋に入ってくるひとは、みなさん 東大の入学試験の結果発表を見に来ているようで、肩に力が入りすぎているからリラックスしてもらうために言い方をかえてみたんですよ」

「いいですよ 覚悟してますから、短刀直入におっしゃってください」

「まあ まあ。 あのねえ、福田さんの年代の方は日本経済が極端に右肩上がりの時、つまり池田内閣の所得倍増論時代 そして 田中角栄内閣の日本列島改造論時代に働き盛りだったでしょう?」

全くその通り「やあ 恐れ入りますですよ」

「あのころ 現役バリバリで同期の連中を蹴落として、成績を上げて、出世して、沢山ボーナスをもらった人は、年金生活に入ると、ツケがまわって、身体がボロボロになるのが早いんですよ」

「面白い話ですねえ。判る気がしますねえ。で、先生、私の結果発表どうですか?」

「だからさあ、私の言わんとすること判ったでしょう?」

「ん なん? ちょっと感がにぶいもんで」

「福田さんは体力を温存していて、まだボロボロになっていないということですよ」

「じゃあ、先生、私は同期の連中に蹴落とされたほうですが、一生懸命仕事しなかったということですか?」

「ご自分でおっしゃるから、そういうことでしょうねえ」

「参りましたねえ。今日はこちらに来る前から、なんか変なんですよ」

「ところで、本来の真面目な話に入りますが福田さんはなにか常備薬かなにか飲んでますか?」

「飲んでません」

「じゃあ、何か健康食品かなにか愛用してますか?」

「テレビで騒いでいるようなもの、全然やってません」

「食事は、きちんと三度食べてますか?」

「そうです。もう旨いものを腹いっぱい食べるなんて色気はないですよ。粗食でも、きちんと三度食べることにしてますよ」

「結構です。それにしても、血圧は普通、血液もまあまあ。なにか健康管理の秘訣があるんですか?」

「特にないですが、私の身体には、出雲の神様が宿っていらっしゃるのですよ」

「はああん?」

                  お粗末さま おあとが宜しいようで。(22・10・01)