演目  平和ぼけの人達                    
       
                    作 福田 春岳
みなさん お元気ですか?
充実した毎日をお過ごしの事とお喜び申しあげます。
さて、しょっぱなより ちょっと 屁理屈を申し上げるようで恐縮ですが、日本では"水と空気と平和はタダ"だなんという話を耳にしたことありませんか?
私も難しい話はよく判りませんが そういう雰囲気に合いそうないわゆる言葉は悪いんですが、平和ボケの人達が増えてきたような気がしてなりません。
今日の話はそういう感じの話、まあリラックスして聞いてください。
中高年の旅行のグループが多くなりましたねえ、年金受給のおかげで遠方へ旅する方が大勢です。しかも、高級デジタルカメラをぶらさげて、なにしろフイルムカメラと違って、シャッターさえおせば、まあまあの写真が映るんですから。みなさんいっぱしのカメラマンだと、錯覚しているようです。
一通りの写真が写せるようになると、もっといろいろ写したいという向上心に燃えて、集団で遠方の地方独特の写真を撮りに出かけるようになります。
その代表的例が津軽のリンゴ、越後の田植えの写真でしょう。

東京駅から新幹線に乗る、車中はまあまあルンルン気分です。
何しろ平和ボケのみなさんですから、子供や孫の自慢話、ゴルフ
クラブの新製品、買い代えた新車の話でもちきりです。
自分自身の血圧、糖尿 コレステロールの話、都合の悪い話はこの際 後法度です。乗り継ぎを重ねてやっと目的地へ。

「さあさあ 皆さんお疲れでした ここは、津軽平野のど真ん中、目的地のリンゴ畑です。向こうに見えるのは。有名な岩木山、いわゆる津軽富士です。真っ赤なりんごの実が見事でしょお。
どうぞ、パチパチやってください」

幹事さんもテンションがあがり、ルンルンですが、ちょっとなにか気になることがある様子です。参加者は思い思いにリンゴの写真を撮りまくります。

「幹事さーん モデルさんはどうしたの?」

幹事さんは、携帯電話で町の観光協会となにやら連絡を取り合っている様子です。

「今、三人来ますから。待っててください」

町の観光協会では、町興しの一環として、団体観光客から予約
が入るとリンゴ採りの実演を披露するわけです。

しばらくすると やって来ました三人組。でも、あらあらモデルというには、ちょっとお婆ちゃんの様子。 でも、絣の作業着に姉さんかぶり。ひと通りの紹介挨拶が済むとそれぞれの持ち場のリンゴの木にはしごをかけて、リンゴもぎ取りの実演開始です。年はとっても経験充分、腕は確か、雰囲気はまあまあです。
一方高級カメラをぶらさげて、若い美人のモデルを待っていた参加者は、"なんだい、糞婆ばかりじゃないか"と不満もあれど、口には出せず、ばらばらと散って、改めて撮影開始です。

「お姉さーん、こっちを向いてくださーい」
「すいませーん、目線をくださーい」
「右手でリンゴの実を触って、こちらを向いて、ニッコリして
 くださーい」
「津軽富士をバックにしますから、左側に寄ってくださーい」

いろいろ注文をつけて、パチパチとシャッターをきる。そのうち、
「はーい、時間です。ご苦労さんでした。はしごからおりて、
こちらにお集まりくださーい」

「あれあれ 時間か? それにしても、今の人だれ?」

いつの間にか 観光協会の担当者が小型自動車でやって来てたんです。管理者としての監督なんです。

時間が足りない、若いきれいなモデルがいない。参加者の不満が爆発する。

「すいませんけどねえ、東京から長時間かけて来てるんだけどさあ、いいにくいだけどねえ、もうちょっと若い娘さんはいないんですかねえ?」
  
「はあ? おたくの幹事さんには 前もって 言っておいたんですが、若い娘は皆都会にでたがるんですよ。青森市内、仙台、東京に行ってしまって年寄りばかりなんですよ。
リンゴ農業は年中手間が掛って、若いもんはかっこいい都会生活に憧れるんですよ。今の三人さんにも役場からわざわざ写真モデルをお願いしているんですよ」

なるほど、平和ボケの人達にはこの現実がわかるわけにはまいりません。

一方 越後の方はどうかと申しますと、みなさん方は やたらに
お米といえば新潟のコシヒカリと一言でおっしゃいます。川端康成流に言えばトンネルを抜けると越後なんですが、抜けるとすぐの南魚沼地方と、しばらく行く越後平野いわゆる中越地方とではコシヒカリの品質は違います。東京での値段もちがいます。
南魚沼は山脈のすぐ下で棚田の水がきれいだから美味しいんです。
その棚田の写真を撮りに都会から集団で出かけるわけです。  

「やや、みなさん、ここが棚田の入り口です。道が狭いですし、自動田植機が通りますから、農家の方の迷惑にならないように。
それから、あぜ道は絶対入らないように願います。三脚は原則
禁止です。以上よろしく、時間厳守願いまーす」

参加者は、ばらばらと散り撮影開始です。
ここまでは、津軽のリンゴ撮影と似たりよったりですが、参加者はだんだんマナーが悪くなっていくんですよ。
なにしろ田植えシーズンですから、絶好のシャターチャンスなんですよ。他人より先にいい写真を撮ろうと、あぜ道には入るし、後ろから自動耕運機が来ても三脚を立てて我が物顔で農道で写真を撮る。
 
「この グループの幹事はだれだあ? 邪魔だ邪魔だ! 百姓は、今の季節が一番大事な事がわからんのか! あんたがたみたいに遊んでるわけにはいかないんだよ!」
 
平和ぼけの人達には、お百姓さんの真剣な生き様がわからないんですよ。
 
幹事が謝って 大きな道路に戻り望遠レンズで田植えの様子を撮る。今度は参加者がブーブーいう。
 
「おい 見てみろ。 田植えの女性、婆さんばかりじゃないか。たんぼに入る前、あぜ道を歩いている時から腰が曲がっているよ。若いのは見当たらんねえ」

たまに、若いこを見つけると、すぐあわててカメラを向ける。
ところがお客さま、時代が変わりましたねえ。
なんと、若いこは長グツをはいたまま田んぼにはいるんですよ。
まさに、びっくり。そして早苗をふた苗、み苗植えると、いちいち右手を挙げて爪先をギョロギョロ見るんですよ。
つまり、マニキュヤの色がはげるのが、気になって仕方がないん
ですよ。
 
「ちょっと、幹事さん。やってられないよ、予約の時の話とは
違うんじゃないの?」

「私は、ピチピチギャルが絣のもんぺを着て、姉さんかぶりで田植えするなんて、一言もいってないよ。それにさあ、いくら高級カメラでも、写真は腕だよ。婆さんの田植え姿でもいい写真が撮れるよ」

「カメラのことはどうでもいいよ。なんだか詐欺に遇ったみたいだなあ」

「詐欺とはひどいよ。言葉に気をつけてくださいよ」

自動耕運機に乗っているお百姓さんが、笑っている。

「棚田の田植えの写真撮りに都会から大勢くるが、地元の若い人は百姓仕事は汚いといって嫌がるだよ。跡継ぎがいないから大変なんだよ」

平和ぼけの人達のトラブルの会話ですが、こんな話で高座を勤めるなんて私も平和ぼけですかねえ。
いやいや、この話を聞いて笑っているそこにいらっしゃるお客さまだって平和ボケですよ。
だって、ギリシャも北朝鮮も関係ないでしょ。

            あしからず おあとがよろしいようで
                     (2010・06・13)