演目  必ず漏れる個人情報
                           
                   作 福田 春岳
ようこそのご来場、厚く御礼申しあげます。
リーマンショック、インフルエンザ、政治献金、個人情報漏洩、いやいや、とかく、この世はごちゃごちゃ大変ですよねえ。こんな時こそ、寄席が一番ですよ。寄席にきて、馬鹿馬鹿しい噺を聴くどんな薬より、ストレス解消に最適ですよ。なぜでしょうか?うまい噺家ほど、お客様に優越感を感じさせ、自分の噺の世界にお客様を引きずりこむ、これがミソなんですよ。
「くだらねえこといっていやがるなあ、馬鹿じゃなかろか? 俺なんかまだましな方だなあ」、「そうだそうだ、お前の言う通りだ、良いこと言うねえ、面白いや まったくだよ」まさに、お客様は神様です。 まあ、ハナから結論めいたこと、申しあげましたが、どうぞ気楽に、おくつろぎください。
 
私は写真の先生に作品を添削してもらうために、ちょくちょく駅前からタクシーで先生宅に出かけるんですが、駅前の県道を新宿方向に右折して二つ目の信号を右折して、坂を上り、更に右折を二回して、ちょうど駅の南側の丘の上に行くことになりますが、実はその逆、駅前の県道を左折、信号を左折、踏み切りを渡り、丘を登って、次の信号を左折、S字型のカーブを越えて先生宅に行くことにしております。先日もいつもの気分でタクシーに乗ると、

「お客さん、いつもの○○先生宅ですねえ」

「そうですよ」

「お客さん、私どもはお客さんからタクシー代をもらうから、どうでもよいことですがねえ、駅前から右折して、○○先生宅に行けば、速いしワンメーター内で行けて廉いですよ、そうですねえ お客さん いつも150円ぐらいは損していますよ」

「なるほど、よく言ってくれるねえ、でもねえ、これでいいんだよ」

「なにか、うちの社の運転手に不都合でもあったんですか?」

「いや、関係ないよ、私は気分屋でねえ 右折が嫌いなんだよ」

「何ですか?そりゃ、運転手商売上気になりますねえ、どう言う事なんですか?」

「あのさあ、右折の場会 交差点の真ん中ほどにある菱形のマーク、出べそのところまで出て、反対車線の直進車の流れの切れ目をねらって思い切ってハンドルを右に切るんだろう?」

「そりゃあ、当然ですよ」

「その当然が苦手なんだよ、だって、切れ目が見つからないと、イライラするんじゃないか 危なくてしょうがないよ」

「いやあ、参りました でも面白い話ですねえ」

「何が面白いかよ、たとえ短距離でもお客様は神様だぞ、馬鹿にしちゃあいけないよ」

「どうもすみません、いやあ、まったく、私どもは商売だから、右も左も好き嫌い言ってられませんが、左折の方がスクーターが割り込んでくるから、嫌ですよ、それに、運転席が日本車の場合、右側ですから左は視ずらいですよ」

「なるほど、さすがプロの意見だねえ」

それから、暫くたって、なんか、駅前タクシーの客待ち運転手の私に対する目線がきになる。時々私の顔をみてヒソヒソ話をして居る感じ。

「福田さーん」
駅前煎茶荘の勝っチャンが声かける。(この人は私と同じ昭和14年生まれ、新潟美人です。父親が戦争必勝祈願をかけて、女の子が生まれたにも拘わらず 勝 と命名 本人はくさること甚だしいです)

「なんだよ、夏がきたから 麦茶でも買えと言うのかい?」

「それもそうなんだけどさあ、福田さん有名よお、生田の三奇人の一人だってさあ、不動産屋の信子さんが言ってるわよ」

更に、尋ねるとどうやら、くだんのタクシー左折の件で話題となっているらしい。これかて、個人情報の漏洩ですよ。すかさず、不動産屋の女主人信子さんを訪ねる。この人は「生田の放送局」と言われるだけあって、兎に角、他人の噂話、どうでもよいこと、よく知っているし、ペチャクチャ客に話す どうして他人の個人情報を仕入れるのかまか不思議なくらい。

「こんにちは 信ちゃん(この人は昭和16年生で私を兄ちゃんと言ってくれている)」

「あーら 兄ちゃん 駐車場代金は9月まで頂いているわよ」

「駐車場代金はいいよ、おれを生田の三奇人の一人に仕立てた運転手のの名前はなんだよ」

「まあ、そう怒らないでよ、あとの二人の話 面白いわよ、東生田の△△さん 知ってる?」

「知っているわけないだろうが」

「あの方、大手ゼネコンの▽▽▽建設の専務さんだって、でも 最近やめて相談役で月15日本社に行ってるんですってさ、でも、以前と違って小さな部屋で秘書の女の子も居ないし お茶も出ないんですって」

「其れがどうしたんだよ」

「大手町から生田に着くと、タクシーで東生田の自宅に帰るんだけど県道まっすぐ帰ると、大手町の方向に行くことになるから、また夜 会社に行く気がして、嫌なんですって」

「その気持ち、俺にもよく判るねえ」

「それで、わざわざ遠回りして、いかにも、大手町方面から生田に帰るようにして、つまりタクシー代をたくさん払うんですって」

「なるほど、それで 変わった客として 奇人扱いか」

「もう一人、6丁目の□□さん」

「俺が知っているわけないでしょうが」

「その方の場合 タクシーで自宅に着くと、運転手さんに  ブー ブーと鳴らさせるんですって、奥さんが出てくるまで。2〜3回ですって、すると 近所の犬がワンワン吠えるんですって」

「それは、近所迷惑だよ、それこそ 奇人か変人だよしかし なんで、俺が奇人扱いされなければ ならないんだよそれにしても、さすが「生田放送局」よく、いろいろ人の情報が揃うねえ」

私がヨイショしたもんだから、このおばさん さらにボルテージが揚り不動産屋特有の情報として、相続不成立に絡む売り家の話、株の損失に絡む離婚の話、等〃 いやはや参りましたねえ。私もいい加減、嫌になったので

「もう判ったよ ところで最初の話、私のタクシーの話、あんたにペチャペチャ喋ったのは どの運転手なんだい?」

と、けげんな顔して よくも まあ 言ってくれました。

「いやー それは 個人情報の漏洩だから、名前は言えないわ」

            お粗末さま お後がよろしいようで
                    (2009・10・01)