演目  生田の秋刀魚 
                           
                    作 福田 春岳 

 私は仕事の帰り ちょくちょく 小田急百貨店地下の食料品売り場で買い物をします。少々割高ですが、生田駅前商店街とは物が違います。先日 秋刀魚の干物で美味しそうなものがありましたので(そういえばガスレンジも換えたし たまには干物を焼くのもわるくないなあ)なんて思い込み 買って帰りました。

 さて、夕食前 秋刀魚を焼く、想定外に煙が立ち込める。あらあら 新製品で受け皿に水を入れなくても 煙が出ないと説明を受けていたのに 困ったねえ でも今晩は他にオカズが無いから仕方無いや、団扇で扇ぐと青黒い煙が隣家の和室の方へいやがおうでも たなびく。
  
「あら、福田さん 今晩は秋刀魚なのね、煙が臭ってきたから すぐわかったわ 秋刀魚や鰯は安いし 栄養のバランスがいいので 年をとると いいんだってね」

「やあ、奥さん そう山手線みたいにぐるぐる遠まわしに言わなくても、真ん中通る中央線みたいにずばり言ってよ」

「あら何のこと?」

「だからさあ、煙が来て困るから何とかしてよと云いたいでしょ なにせ 換気扇が上手く作動しないので 団扇で扇いでいるわけよ そのうち直すから今日のところ ご免ね」

 それから約三週間後 日経夕刊特集に"中高年はあおものの魚を食すべし"の記事あり、今日は土曜日 自慢のライカをぶらさげ下町巡りの帰りに小田急で秋刀魚を買おうと勇んで家を出る。

 小田急生田駅がなにやら騒々しい、取りあえず上り新宿方面のホームへ、人身事故で上りはSTOP。つい先日は読売ランド駅で人身事故 その前は相武台駅の信号機故障、私も少々頭にきたので近くにいた駅員についつい一言
「困るね、こう度々やられては なんとかならんかね」

 くだんの駅員
「私たちも本当にかなわんですよ 何しろ飛び込みですからね 飛び込み 飛び込み、飛び込んだ本人に聞いてよ」

 私がまた余計な一言
「どうしたんだよ 飛び込んだ奴は?」

「即死ですよ 即死 多摩警察の検視がすんで 車で運ばれましたよ まったくね」

「ああ そうですか、即死即仏ですから仏さんに文句を云うわけにはいかないね、失礼しました」

 それにしても くだんの駅員の一言微妙な発言だよ「飛び込んだ本人に聞いてよ」とはね あれは本社採用の正社員かね それとも最近流行りの派遣社員かね。
 
 なんとなく 気分もすぐれず 止むを得ず 駅前鮮魚店「魚光」で秋刀魚を買い そのまま帰宅 夕刻 前回と全く同様に作業に取り掛かる。
 当然 前回と同様に臭いをこめた煙は隣にたなびく。
 隣のおばさん まあ よく気がつくね
「あら福田さん けむたいわ 換気扇どうしたのよ」

 私も微妙な一言
「秋刀魚に聞いてよ。おれが煙だしているんじゃないから それにしても 今日は単刀直入だね」

「そうよ 二回目だしさあ 中央線なみにストレートよ」

「奥さん そりゃ駄目だ 中央線特快高尾行きは人身事故でSTOPしているよ」

           お後がよろしいようで お粗末でした。
                    (2009・09・05)