演目  医者いらず
                      
 作 福田 春岳 

 相変わらずの馬鹿馬鹿しいお話ですが、まあ、皆さん ひとつ 肩の力を抜いて、ご笑覧ください。ご存じ日本史の先生で後に松高の校長先生になられた藤原先生が授業中に話され、いまだに覚えていることに"学生時代に天皇陛下は生神様と習ったが、大正天皇が若死されたことを知って、やっぱり天皇陛下も人間なんだなあ とつくずく思った"の一言があります。

 これなんか 藤原先生独特の辛口ジョークだと感心しております。なんだか、落語の枕話としては、ちょっと堅苦しくなりましたが、今日の話は実にくだらん話で勘弁してください。

 今では、ほぼ死語となりましたが、「赤貧洗うが如し」なんてえことを申します。古典落語にも、貧乏を通りこして、貧乏の棒が長く伸びて もうどうにもならない 話は沢山あります。今日の話の主人公の通称留さん、八期会にもし同じ名前の方おいでの場合ご勘弁願います、この留さん 貧乏の棒が長くなり、もうどうにもなりません。今日も、どこにも行くあてもなく、路地裏を歩きながら、なにか金儲けのてだてはないものかと、思案にくれてはいるものの、いわゆる「貧すれば鈍する」で良いアイデアが浮かびません。 ああ、おれも、これで終わりか、ぼちぼち年貢の納め時か なんて とんでもない自分自身の終末を想像して、ふと、横を見ると、或るお医者さんの前、

 "畜生、誰かがいってたなあ、医者と弁護士と公認会計士は当たると、めちゃめちゃ儲かるっていうじゃねえか、神様も仏様も不公平だねえ、なんでおれには金に縁が無いんだろうねえ、俺には医者は関係ない だって医者に行っても払う金がない、初診料だって高いんだろう? 医者はいらない、医者いらずだ"
 
 もう、当人はふて腐れて、今流に言えば 自爆テロ同然です。日も暮れて、結局自分の家に帰る 自分の家といっても、あばら家同然 小雨でも雨漏りするほどです。
  
 "よう、留めさんお帰りかい? どうしたんだい、最近ちょっとおかしいよ今日なんか もう 夢遊病者みたいな感じだよ"

 捨てる神あれば 拾う神あり 三軒隣のこの人、以前は個人事業主で結構羽振りも良かったが、今ではすっかり、落ちぶれたも同然 ただ 生来の世話好きで近所のご意見番と云う存在です。留めさんが今日の散歩の経緯を話すと

 "???今、お前さん なんと言った? 医者いらずと言ったねえ"

 "ああ、言いましたよ、なにか 悪かったかねえ"

 "医者いらずねえ、んんん、 そこだよ、留めさん 戦後間もないころ 猫いらずという商品が結構売れたんだよ"

 たまたま、この人の知り合いで、日頃何かいい新しい商売はないものかと、模索しているある程度資金力のある まあ言ってみれば 山っ気のある人物がいました。「三人寄れば文殊の知恵」 なにしろ、人生の瀬戸際に立たされた者ともう一肌ぬいでやろういう貪欲な者が ない知恵を絞って 熟慮に熟慮を重ねて とにかく創りあげました新製品 その名も "医者いらず" 何かと申しますと 「血圧計 体重測定器 肺活量測定器」の三点セット スポーツセンター、スーパー、コンビニで一回百円で手軽に正確に測定出来、健康管理に神経質になっている都会の中高年に爆発的に人気となり、マスコミにももてはやされ、いやはや売れるは儲かるわで たちまち 大金持ちとなり 今様「太閣様」「生神様」ともてはやされ大変身となりました。

 「失意泰然 得意湛然」とは決して忘れてはいけない高僧の名言です。留めさん すっかり調子に乗り 美味しいものを腹一杯食べ 高価なブランデーをがぶ飲み 送り迎えはハイヤー 運動不足でお腹はぶくぶく コレステロールも血圧も糖尿も関係なし、今日とても 早朝ハイヤーのお迎えで一流ゴルフ場へ お出かけ スコアーメイクは関係なし なにをやっても"ナイスショット"ともてはやされ、昼食は血の滴るようなサーロインステーキ、ところが、さすがにバックナインになると、握りのチョコレートが気になる様子でパッッテングがいやに慎重になりました。大金持ちがたかがゴルフのチョコレートぐらい関係ないじないか と言いたいところですが、そこが凡人の欲でしかたがありません。
 
 いわゆる、身銭を切るのが いやなのです。フロントナインでは キャデイーさんや一緒に廻る三人と軽口をたたいていましたが、急に無口になり はたから見ても気の毒なくらい緊張の様子が手にとるようにわかります。
 と、揚がり三ホール目となると 肩に力が入りすぎボールの行方は定まらずクラブを持ってコースを走り回るはめとなり はたから見ていると、なんとなく あしか か とど が陸地を窮屈そうに歩くと言うかさまよっている感じです。やっと、グリーンにあがり パッテングになると、呼吸を整えているのか 構えはしたものの、そのまま じいっと不動の姿勢、ちょっと長すぎるなあ、あれれ、へんだなあと同じパーティの者が異様に気がついた その次の瞬間、ちょうど 仏壇の位牌が前のめりに倒れる様に、前方に倒れました。

 所謂 急性の心筋梗塞か脳卒中、脳溢血、とか言うのでしょうねえ。どんな金持ちでもそうでない者でも どんな偉い人でもそうでない人でも死ねば終わりです 全てが無になるのです。
 
 葬儀が終わり なおらいの席上 誰かがいみじくも言いました。

 "留めさんの人生の後半は壮絶だったねえ 土壇場で成功して、逆転満塁ホームラン 生神様 ともてはやされたんだが 死んでしまえば やっぱり人間だったんだねえ"
 
 八期生の皆様方 くれぐれも お気をつけ遊ばせ


       湿っぽい話でご免なさい お後がよろしいようで
                      (2009.04.05)