東京松江会総会に出席して
〜平成24年度〜 平成24年9月16日
福間三郎 去る9月1日(土)、虎の門霞会館において開催された24年度東京松江会総会に水野恵夫君と出席しました。毎年、8期生からは5〜6名の出席者がありましたが、連日猛暑が続いたこともあり、2名の出席者に止まりました。松江市からは松浦正敬市長はじめ林千城議長、市の関係者の方々が多数ご出席の他、細田博之衆議院議員、小林祥恭島根大学学長が出席された上、松江市出身で、今や日本画壇の最高峰と衆目の一致する宮廻正明画伯をお迎えし、外気に劣らず、熱気に包まれた会合となりました。
式次第 久保田道夫東京松江会幹事長の開会の挨拶を受けて、この7月松平直壽様の後を継いで、東京松江会会長に就任された奥村康さんが登壇。奥村さんは順天堂大学の教授で免疫学の世界的権威であらせられることは皆さん、既にご存じのところですが、開口一番、多少ずうずしく振る舞って、大いに笑うことが免疫学的に言って長寿につながると説かれ、出席者の笑いを誘いながら、伝統ある当会の維持・発展に微力を尽くしたいと抱負を述べられました。なお、松平直壽様には名誉会長として、引き続き東京松江会を見守っていただくことになるとのことです。
いつものごとくさわやかな表情で語られる松浦正敬市長
次いで林千城議長は来春予定されている市長選挙、市会議員選挙(定員34人)について、未だ現職以外で手を挙げる候補者が現れていない。このままだと無投票選挙になりそうだ。言葉を変えて言えば、争いのない平和な町といえる。仮に富士山が爆発しても被害は及ばない(笑)。皆さん、余生をこんな平和な町で住んでみたいと思いませんか、と出席者の松江市へのUターンの期待をユーモラスに表明されました。 次いで、本年4月に島根大学の学長に就任された小林祥泰氏が登壇され、世界で活躍するグローバルな感性を持った人間の育成をはかり、同大学が日本文化のルーツである島根を世界への文化発信拠点になるよう全力を尽くすとの抱負が開陳されました。その一環として日本最古の歴史書「古事記」の舞台の一つとなた島根、古事記編纂1300年を記念して、島根大学主催で平成25年3月3日(日)「古代出雲文化フォーラム〜神話・青銅器・たたら〜」を東京有楽町マリオンにて開催する旨、ご案内がありました。 ココをクリックすると上記ホォーラムの案内ポスターをご覧になれます。 御来賓の挨拶が終わったところで、本日のゲスト・スピーカーである宮廻正明画伯の講演に移りました。同画伯は松江南高校の出身で、東京芸術大学美術学部デザイン科卒業(1979)・同大学院美術研究科文化財保存学専攻(保存修復)修了(1981)・同大学大学院美術研究科助教授(1995)、(’00〜)教授、日本美術院同人、評議員を務められ、今や日本画壇の最高峰と目されている方です。 故平山郁夫氏を師とし、院展で数々の入賞をされていますが、作品をコレクションしているところは文化庁、外務省、東京芸術大学、足立美術館、今井美術館と枚挙にいとまがありません。 熱弁を振るわれる宮廻正明画伯 ココをクリックすると画伯の「うら」についての思いがうかがえます。 島根県人会会長星野宗保様の乾杯の音頭で懇親会に入るや、いつものことながら、あちこちで懇親の輪が拡がり、会場は熱気に包まれました。途中、テノール歌手経種廉彦さん(北高出身)とソプラノ歌手絹川千尋さん(東高出身)の歌の披露があり、会の盛り上げに花を添えました。また、出席者の中で最高齢(87歳)の山口琢磨さん(旧制松江高等学校卒)が司会者に促されて登壇され、昭和23年東京大学在学中に現在でも東大で歌われている応援歌「ただ一つ」を作曲されたことにまつわるエピソードの披露もありました。同氏は自ら興された「船舶の設計会社」の社長を現在も務めておられ、2010年には世界的な運輸技術のイノベーションに対して与えられる米国のスペリー賞を受賞された由、そのかくしゃくたるお姿に感嘆の声が上がりました。 最後は石倉義朗東京松江会副会長のリードで「誰か松江を想わざる」を全員で合唱し、来年の再会を誓い合いました。 以下に任意で選んだ写真を載せ、会の盛況振りをご紹介します。 |